三国志赤壁の戦いの地を歩いてみたpart1

赤壁の戦いの古戦場があるのは、武漢空港から

車で約4時間の場所にある湖北省咸寧市(かんねいし)赤壁市です。

三国志の戦いの中でも1番有名と言ってもいいのではないでしょうか。

映画「レッドクリフ」のモデルとなった戦いで三国志を知らない人でも

赤壁の戦いだけは知ってるという方は多いと思います。

そんな魅力たっぷりの赤壁の地は現在どんな様子なのか

実際に歩いてみました。

 

赤壁の戦いとは

 

赤壁の戦いとは、曹操軍VS孫権・劉備連合軍の間に起こった戦いです。

袁紹を破り華北を制した曹操は、208年、南の地荊州を目指し南下を開始します。

荊州は荊州牧劉表によって統治されていましたが、劉表死後、後を継いだ

劉琮はすぐに曹操に降伏してしまいます。

劉表のもとに客将として滞在していた劉備は、劉琮が降伏すると直ちに兵をまとめ

夏口へと逃げ延びます。

孫権はそのころ江東一帯を支配しておりました。

孫権陣営は曹操の南下にいち早く降伏を説く「非開戦派」(主に文官)と

「開戦派」(周瑜や魯粛を筆頭に武官)とに分かれました。

開戦派周瑜の意見として

「曹操の兵はほとんど水上での戦に慣れていない。大半は北国育ちの元袁紹の兵だし

水軍の主力もつい最近降伏した荊州兵。土地にも慣れていないためまともな戦は

できないだろう」

「それに比べ我々の兵は毎日水上で鍛えており、結束力も強いため勝機はある」

というものでした。

この意見に納得した孫権は開戦を決意。

同時に曹操に追われる身となっていた劉備とも同盟を組みここに孫権・劉備連合軍

が誕生します。

曹操軍はというと、周瑜の主張通り、陣営に疫病が流行り

まともに戦える状態ではありませんでした。

孫権軍による火責め、劉備軍による追撃による追撃で

孫権・劉備軍は見事100万といわれる曹操軍を打ち破りました。

赤壁の戦い古戦場

 

こちらが赤壁古戦場の入り口です。

入り口を入ると矛を持った兵士たちがお出迎えをしてくれます。

奥にいる大きな像は関羽です。

関係性は分かりませんが、トランスフォーマーをイメージした

関羽像だと思います。足にタイヤもありますし・・・

財神殿。関羽が祀られています。中国では、関羽は商売の神様として

神格化されています。横浜の中華街にも関羽が祀られていますね。

その忠義心と腕っぷしの強さから賊から守ってくれるという信仰から

神として祀られています。

伝えによると、この場所で鳳雛こと龐統(ほうとう)が赤壁の戦い直前に

この場所で周瑜、魯粛と赤壁の戦いの利害を語りあったとされています。

龐統は蜀の人間だと思っている方も多いと思いますが、もとは呉に滞在しており、

赤壁の戦いでも「連環の計」を用い、火計を成功に導きました。

千年古藤。この木をみて龐統は「連環の計」を思いついたという伝説があります。

龐統由来の伝説が多く残されていますね。

※連環の計とは、兵法書「三十六計」の第三十五計に挙げられています。

三国時代では、龐統は、曹操へ、船酔い対策として、船と船を繋ぎ船の揺れを無く

すよう献策します。これを受け入れた曹操は、さっそく実行します。

しかし、戦が始まり火責めをされるや否や、船はたちまち燃え、繋がれた切り離すこ

とができず船は次々と燃えてしまいました。

 

龐統が住んでいたされる家のレプリカです。中は真っ暗でした。

 

呉の将がお出迎え。園内はこのような感じで結構整備されていますね。

周瑜の像です。凛々しいですね。

高さは8.58メートルあるそうです。

周郎刻壁

周郎とは周瑜のことです。美周郎といわれるほどイケメンだったそうです。

決戦の地赤壁古戦場へ

赤壁古戦場、いわゆる揚子江(長江)へたどり着くまで

僕は1時間半程度かかってしまいました。

ですが、普通に歩けば20分で着きます。

赤壁古戦場への入り口です。

少し急な階段を下ると

かの有名な「赤壁」の2文字が!!

この「赤壁」の2文字ですが

周瑜は赤壁の戦いに勝利しましたが、満足していなく

赤壁山へ行き、刀で岩に「赤壁」と刻んだ

という由来があります。

対岸に曹操の陣営があったと思うと何とも感慨深いです。

実際の赤壁の戦いはここではないという見解もありますが

揚子江で戦ったという事実に変わりはないので

実際ここも戦場だったのではないでしょうか。

翼江亭

揚子江付近には「翼江亭」があります。

ここは、周瑜が実際に指揮をとった場所とされています。

中華民国時に辛亥革命の元老によって立て直されました。

 

その他のみどころ

 

これは周瑜の妻、小橋の嫁入り時をイメージして造られています。

頭に花飾りをしているのが小橋。左側は孫策の妻の大橋です。

長坂の戦いで、張飛の雄たけびでビビった曹操を表現しています。

千年銀杏樹

これは龐統が植えた銀杏の木とされています。

樹齢は1800年を超えているそうです。龐統が生きている時代が174~214年

なので実際に植えたのかもしれません。

 

呂布と貂蝉のラブシーンです。

なんで赤壁の地にこの2人が出てくるのか・・・

僕はまぶしくて近寄ることができませんでした。

おわりに

いかがだったでしょうか。

赤壁古戦場には呉に関する展示物がたくさんありますね。

やはり日本でも有名ということもあり、

案内板には日本語の表記もありました。

見どころも多いためぜひ訪れてみてください。

入場料:75元(日本円:約1200円)

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ABOUTこの記事をかいた人

23歳新卒で出版社で働いておりましたが、1年弱で会社を辞め今はブログ一本で生活しています。 最新のニュースをこのブログでは書いて行きますので、よろしくお願いいたします。